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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)1431号 判決 1973年5月25日

原告(一四三一号六二一一号)

佐藤喜一

右訴訟代理人

水野東太郎

右同

三角信行

被告(一四三一号)

樫木さだ

外四名

右五名訴訟代理人

秋山堅蔵

右同

矢内原泉

主文

原被告間において、別紙物件目録記載の土地につき原告を賃貸人とし被告らを賃借人とする賃料坪(3.3平方メートル)当り金二三〇円、存続期限昭和五〇年一二月一五日の普通建物所有を目的とする賃貸借の存在することを確認する。

訴訟費用は二分して、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨(ただし、一二月一四日とあるのは、請求原因の事実主張に鑑み、一二月一五日の誤記と認める。)および「訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、

一  原告は別紙物件目録記載の土地を所有し、被告らは同目録記載の建物を共有している。その持分は、樫木さだ二分の一、道脇スイ・藤田ハル各六分の一、川上利美・同正一各一二分の一である。本件土地は大正一四年一二月一五日当時は、吉川鶴吉・高橋長吉の共有に属したものである。

二  本件建物は、大正一四年一二月一五日頃草川徳次名義で保存登記されたもので、その頃建築されたものである。従つて、本件土地賃貸借契約もその頃締結されたのであるが、賃貸借期間の定めがなかつたので、三〇年目に一度法定更新されており、従つて、右賃貸借は昭和五〇年一二月一五日満五〇年を経過して期間が満了する。

三  本件土地賃貸借の賃料は、長年の間一ケ月一、〇〇〇円で供託されているが、近隣に比して格段に低く、昭和四六年度の固定資産税・都市計画税の急騰もあり、月額3.3平方メートル当り二三〇円が相当である。よつて、本訴において、昭和四七年一月一日以降右のとおり賃料増額をする旨の意思表示をした。

と述べ、<証拠略>。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に答えて、「第一項は認める。第二項中、本件建物保存登記の時期は認めるが、建築された時期は不知。本件土地賃貸借契約締結の時期は争う。右の時期は今日では特定しえないものである。賃貸借期間の定めがなかつたことは認めるが、右のとおり賃貸借契約の時期が不明であるから、借地法施行の前か後かで異なることになる。また、保存登記は建築の時期と必ず一致するものではないから、その意味でも、借地権存続期間の始期を大正一四年一二月一四日とする原告主張は理由がない。第三項中、供託の点は認めるが、その余は争う。」と述べ、<証拠略>。

理由

一本件の第一の争点は、本件借地権の始期である。本件建物の保存登記が大正一四年一二月一五日であることは当事者間に争いがない。問題は、それが本件借地権設定の時期を推定するのに役立つかどうかである。

思うに、建物保存登記の時点は必ずしも敷地使用権取得の時期を示すものとは言えない。通常の場合、家屋建築の作業にとりかかる前に敷地使用権が取得されるのであるし、建築後も、建物保護法による借地権保存の必要が全然感じられない場合、保存登記をしないままで相当年月を経過することもありえた筈である。

ただ、この後者のような場合には、建物保存登記がなされるとすれば、それなりの理由があつたからであつて、例えば、建物につき抵当権を設定することになり、その登記のためまず保存登記が必要となつたため、というような事態が多いことは、裁判所にとつては公知の事実と言つてよい。このことから、保存登記の日時が抵当権設定登記の直前に行われているときには、その保存登記は右のような必要のためなされたものとの推定をしても大丈夫であると言えよう。もつとも、その裏として、このような抵当権登記を伴わないでなされている保存登記に、当然建築日時を推定させる力が具わつているとまでは言えまいが、少なくともこのように抵当権登記などと無関係になされた保存登記が建築年月日を探る上での有力な徴表であることは否定できないと考えられる。

二成立に争いない甲第二号証を検討してみると、本件建物は前記争いない日時に草川徳次名義で保存登記され、その後、大場金次郎、大場ツネ、斉藤一、樫木留八に逐次所有権が移転し、現在の被告らの共有に至つたものであることが認められるが、右の保存登記の日時に近接してなされた抵当権登記は存在しない(乙区一番は昭和七年九月五日の登記である。)

一方、大正一四年一二月一五日当時本件土地が吉川鶴吉、高橋長吉両名の共有に属したことも当事者間に争いがないのであるから、建物建築者と土地共有者との間に何らか特段の関係があつたというのでない限り、建物保護法による借地権保護の必要の存する場合であつたと見てよい。

従つて、先に述べたように、この保存登記は建物建築時期、従つて、借地権成立時期を探る上での一の徴表としてよいであろう。

ただ、右の徴表以外に、これを支え補うような借地権成立時期の推認資料は何ら存在しない(双方本人の供述も何ら教えるところがない。)ことも、認めざるを得ない事実である。

三このような場合、原告主張の借地権成立時期を認定するには心証が不足するとして、端的にこの確認請求を棄却すべきであろうか。

思うに、権利を成立せしめる所以の契約の事実そのものが争いになつている場合と、契約の事実、従つて権利の存在自体には争いがなく、ただその権利内容の一要件のみが争われている場合とでは、認定上要求される心証にも高低の差があつて然るべきものであろう。特に、権利の始期のみが争いとなつていて、過去のある時点に契約されたことは明らかであるが、それが明確にこの時点であると強い心証を惹くに足る証拠はなく、ただ、ある特定時点がそれに近い時点であることが分つている本件のような場合には、可及的真実に近い認定として、右の時点を以て問題の契約時点とし、これを基準として現在の法律関係を決することも係争の解決としての合理性を主張しうると考える。相隣地間の境界の存在が観念的には明らかであつても証拠上いずれとも定め難い場合、実務ではいわば非訟的にこれを裁判所が裁定することが許されているが、それは、境界の認定に徒らに高度の心証を要求することが請求棄却と再訴の反復となり、当事者間の紛争を長びかすのみで、満足な解決に至り難いということも一理由である。本件はもとより境界確認とは訴訟類型を異にするのであり、証拠に基かぬ裁定が許されるとは考えられないが、請求を棄却することが事態の解決にならぬ点では同じである。けだし、このように契約成立の時期が客観的に明らかでない場合、高度の心証を要求する限り、地主である原告の側からも、積極的に一定日時を借地権の存続期限として確認請求をしても常に敗訴することになる結果、一方当事者が争う限り、存続期間が確定しえない間に借地契約が法定更新することによつて借地権は事実上永久に存続しうることにもなるのであつて、法律関係のかかる曖昧はできる限り避けられなければならぬことはいうまでもない。この意味からも、当裁判所は、このように、借地権の存在は明らかであるがその期限については、多少の徴表事実あるに止まる場合、この徴表によつて認定することが許されると解するものである。

よつて、本件借地権の設定時期は大正一四年一二月一五日と認定する。そうすると、契約上期間の定めがなかつたことは争いがないので、原告主張のように、以後五〇年を経過した昭和五〇年一二月一五日に現在当事者間に存在する借地権の存続期限が満了することになる。

四次に、成立に争いない甲第三号証の鑑定評価書によれば、昭和四六年九月当時の本件土地の賃料相当損害金が月額一万〇、七〇〇円すなわち坪あたり229.8円と鑑定されていることが認められ、その後の地価上昇等裁判所に公知の事実にも照らして、原告主張の坪二三〇円の賃料は失当とは言えない。そして、本件における増額の意思表示の到達は記録上明らかであるから、現在当事者間における賃料は月額坪二三〇円とせねばならない。

五以上を総合し、原告の請求はすべて正当であるからこれを認容し、しかしながら右請求は訴変更による新請求であつて、旧請求により訴訟の半ばが追行されたことを勘案して訴訟費用は折半負担とすることとし、主文のとおり判決する次第である。 (倉田卓次)

物件目録

東京都渋谷区南平台町四四番参

宅地 153.88平方メートル(46.55坪)

東京都渋谷区南平台町四四番地所在

家屋番号 壱七〇番

木造瓦葺平家建居宅一棟

床面積 81.98平方メートル(24.80坪)

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